夏と神様 14話




 自室の本棚と向き合っていた一成は、ノックの音に視線を動かす。聞き間違いではないことを示すように、二度、三度ノックが続いて「入っておけまるだよん!」と答えた。入ってきたのは皓望だった。

「ふたばちゃんが呼んでたよ」
「マ!? ふたばが言ってた絵本探してたんだけど――ちょい待って」

 言った一成は、再度本棚に向き合った。皓望はその様子を眺めつつ「すごく急いでるって感じではなかったけど。ただ、お兄ちゃんどこかな~って感じみたい」と告げる。それから、しみじみとした調子で言葉を添えた。

「ほんと、仲良いよね。カズとふたばちゃん」
「マイリトルシスター、めちゃんこかわいいかんね! ロミーもふたばのこと、かわいがってくれてありがとねん!」
「まあ、ふたばちゃん素直だしかわいいと思う」
「でしょ~!? あ、でも、オレよりロミーのこと好きとか言われたらジェラっちゃうかも」

 冗談めいた言葉ではあるものの、本気であることは皓望も察している。一成はわりと強めのシスコンである。

「ふたばも、結構人見知りだけどロミーには慣れててくれてよかったよん」
「高校からの付き合いだしね」

 高校時代から皓望は三好家をよく訪れている。結果として、ふたばも兄の友人として皓望を認識しているし、ことあるごとに訪れているので親交は深まっている。それは三好家全体に言えることだろう。
 今日も、バーベキューをするという三好家に誘われて参加しているのだから。

「あ、あった。これだと思うんだよねん、ふたばが言ってた絵本って」

 庭でバーベキューを楽しんでいる時、どんな話の流れだったか、絵本の話題になった。その過程でふたばが口にしたのは、昔一成の部屋で見たことのある絵本だった。
 詳しい内容は覚えていないものの、ひとりぼっちの神様が出てくるきれいな絵本だったと言う。もう一度読んでみたい、とかわいい妹に言われた一成は、いそいそと部屋に戻って件の絵本を探していた次第である。
 一成の部屋には本が多い。美術関係の資料から参考書の類に図鑑、一般的な文芸書まで様々だ。探す場所が多いこともあり、絵本はなかなか見つからない。時間が経っても戻ってこないため、皓望が様子を見に来たのだ。

「神様っていうから、日本風の想像しちった。どっちかっていうとギリシャ神話風かな~?」

 そう言う一成が手にした絵本には、森の中にたたずむ一人の人物が描かれている。しなやかな曲線と細やかな筆致が特徴的だ。すらりとした人物は彫りの深い顔立ちで、確かに和風というより西洋風な雰囲気が漂っていた。

「確かこの話、ひとりぼっちの神様が友達を見つけるまで――みたいな話なんだけど、ロミー読んだことある?」

 懐かしいなぁといった表情で絵本を見つめたあと、一成は問いかける。皓望は少しだけ考えたあと「何となく覚えはあるかも」と答えた。
 一成が思わずぱっと顔を輝かせたのは、あまりメジャーではない絵本だと知っていたからだ。絵に惹かれて購入したものの、有名な作家のものではない。だから皓望が知らない、と答える可能性は考えていた。
 しかし、予想外に皓望は絵本を認識していた。一成は、勢い込んで言葉を並べた。

「神様がさ、一生懸命友達作ろうとしてるから、めっちゃ応援しちゃうんだよねん。あんまり熱血そうに見えないけど、すごく頑張り屋で」

 絵ももちろん好きだけれど、一成は神様のキャラクターも好きだった。万能の力を持っているわけではないこともあり、神様といえ望んだものを手にするためには努力しなければならない。決して諦めず、一生懸命な姿は応援したくなるものだった。

「神様だけど人間味があるっていうか、友達がほしいってところとかめっちゃ共感ポイント!」

 絵本を読んだ時、思い出したのは中学時代のことだった。ひとりぼっちで、誰とも関わることはなかった。友達がほしいという自覚すらなかったかもしれない。
 あの頃の自分を重ねてしみじみした気持ちで言うと、皓望がぽつりと言葉をこぼした。一成が手にした絵本をじっと見つめて。

「神様は寂しがり屋なんだよ」

 ゆっくり落ちた言葉は、やけに強く響いた。皓望は絵本を見つめたまま、言葉を重ねる。

「誰かの信仰から始まって神様として祀られるんだ。だから、信仰がなくなってしまったら神様は神様でいられない。誰も訪れてくれなくなることが寂しくて怖いんだ」

 表紙に描かれた神様をじっと見つめて、皓望は言う。神様という生き物。人知に及ばぬ力を持った存在。しかし、神という名前を名乗れるのは、祀る相手がいてこそだ。人が信仰を持って、神を神と呼ぶからこそ、神様という存在でいられる。

「だから、誰からも見向きもされなくなったら、誰かに手を合わせてほしいってずっと願ってる」

 真剣とも言えるまなざしでそう言った皓望は、数秒してからはっとした表情を浮かべた。一成へ視線を向けて「ごめん、これそういう話じゃないよね」と慌てた調子で言うので。一成は「だいじょぶだよん」と首を振った。
 確かに、絵本の内容と合致はしていないかもしれないけれど。ひとりぼっちの寂しい神様、という点では間違っていない。だからきっと、皓望の言葉は正しいんだろうな、と思いながら一成は口を開く。

「ひとりぼっちは、寂しいね」

 たとえば、絵本の中の神様。たとえば、中学時代の自分。たとえば、皓望が語る神様。それぞれを頭に浮かべた一成は、静かに言葉を続けた。

「もちろん一人が好きな人もいるってわかってるけど。きっとオレは寂しくなっちゃうから、神様の気持ちめっちゃわかる~」

 茶化したような冗談めいた言葉。しかし、これが一成のやさしさから発せられたものだと皓望は理解している。重くなりすぎないよう、負担にならないよう、軽やかな調子で一成は言うのだ。
 今ここで自分が深刻な顔をすれば、空気が暗くなる。心の奥に鉛を飲み込んだような気持ちになってしまうかもしれない。そうならないよう努めて明るく振る舞う。一成は、そういう気遣いのできる人間だ。
 わかっているから、皓望も同じ調子で言葉を発する。一成のやさしさを無駄にはしたくなかった。ひとりぼっちの神様。寂しがり屋で、誰かをずっと待っている。

「うん。だから、自分に手を合わせてくれる人がいたら全力で守っちゃうんだよ。神様っていうのは」

 困ったように眉を下げて、苦笑めいた表情で告げる声は軽い。ただ、やけにしみじみとした雰囲気が漂っている。何だか見てきたような台詞に、一成は面白そうに笑った。

「めっちゃ実感こもってるじゃん」

 からかう素振りでそう言えば、皓望は「まあね」と肩をすくめた。