第五章:夏と夜祭り

夏と神様 25話




 やるべきことが山積みだった。
 具体化してきた海外留学の話に、グループ展の依頼、スポンサー候補が主催する展覧会への出品。大学宣伝用プロモーションビデオ撮影への参加、密着取材のオファーに、大学での課題。
 それ以外にもこまごまとしたことがいくつもあり、一成のスケジュールはあっという間に埋まった。
 もともと、いろんなことに首を突っ込む人間ではあった。だからただでさえ忙しくはあったのだけれど、輪をかけた多忙さである。並行作業は得意なので、パズルのようにスケジュールを組み立ててどうにか進めることはできる。ただ、さすがの一成も最近は疲れが見え始めている。
 サポートを務める皓望は、「将来のカズのためだもんね!」と一生懸命働いている。この仕事量も一成ならこなせると信じているのだろう。実際、将来のことを考えれば忙殺されるほどの仕事をこなすというのも、体験してみるべきなのかもしれなかった。
 とはいえ、疲労を無視することもできない。
 適度な休憩も必要だろう、と一成は作業の手を一旦止めた。筆を置いて描きかけの絵を数秒眺めてから、制作室を出る。休憩スペースで何か飲もうと思ったのだ。
 ついでにスマートフォンをチェックして、メッセージへ返信していく。イベントの誘いだったり、ちょっとした雑談だったり。一成の交流関係の広さを示すように、いくつものメッセージが並んでいる。しかし、そこに天馬からのものはない。
 相変わらず既読もつかないし、メッセージだって送られてこない。ブログの更新はもともと頻度が低かったから仕方ないのかもしれない。SNSは、スタッフによる出演情報くらいしか投稿はない。それでも生放送番組に出演しているから、天馬の姿を見ることはできた。
 よかった、テンテン元気そう。リアルタイムで視聴していた一成は、ほっと息を吐いた。ただ、今同じ時間に生きて動いている天馬を見れば、会いたい気持ちがいっそう募った。
 どうにか気を紛らわせようとして、天馬が出演するテレビや雑誌の情報をかき集めた。メディアに登場する天馬はどれもかっこよくて魅力的で、一成の胸をときめかせたのだけれど。画面の向こうや紙の中の天馬では、満足できるはずがなかった。
 テンテンはもっとかわいく笑うよねん。ホラーの話振られて、内心びくびくしてるでしょ。あ、ニンジン微妙に避けてるじゃん。
 メディアの中の天馬から、プライベートの顔を見つけていくたび、天馬に会いたい気持ちが募っていく。芸能人の天馬だってかっこよくて大好きだ。だけれど、そうじゃない天馬に会いたかった。
 ちょっと子供っぽいところ。きらきら無邪気に笑う顔。やわらかな声で呼んでくれる名前。隣で、近くで、くだらない話をして、いつまでだって笑い合った。一緒に過ごした時間を思い出すたび、一成の胸はぎゅっと詰まる。
 テンテンに会いたい。話がしたい。名前を呼んでほしい。テンテンに会いたいよ。
 胸を焦がす気持ちを抱えて、一成は日々を過ごしていた。会いに行ってしまおうか、と思ったこともある。この前みたいにロケ現場を訪れて、「テンテン!」なんて叫んだら気づいてくれるかもしれない。一成を見て、笑ってくれるかもしれない。
 夢想してみるけれど、天馬の迷惑になる可能性を考えれば実行はできなかった。それに、あれから特にロケの情報はなかった。スタジオの収録現場に入れるはずもないので、天馬を直接目にすることはそもそも叶わないのだ。
 だから、一成は自分が一体どうすればいいのかもわからない。ただ、会いたいと全身が叫んでいる。

(新情報は特になしか~。せめて生放送ないかなぁ)

 逐一収集している天馬情報をチェックしたあと、一成はスマートフォンをしまった。特に目新しいものはなかったので、何となく気落ちしてしまう。リアルタイムで動く天馬がそろそろ見たかった。
 休憩スペースに着いた一成は、自動販売機の前で考え込む。
 ここは何を飲むべきか。甘いものがいいか、カフェイン摂取か、今までにないチャレンジか。どうしよう、と考えていると背後が急に騒がしくなった。
 わいわいとコンビニの袋を揺らしながら、学生たちが休憩スペースへやって来る。コンビニで買ったものを、ここで食べるのだろう。恐らく他学科の学生で、一成の知り合いはいなさそうだった。

(――テンテン、新商品も出たんだよ)

 心の中で、そっと呼び掛けた。天馬と連絡が取れない間も、一成は新商品情報を集めている。天馬に会ったら、こんなのがあるよ、と教えたかったのだ。一成がいなくても、コンビニへ行っているだろうか。それならいい。楽しみがたくさんあればいい。だけど、できるなら隣にはオレがいたかった。
 テンテンに会いたいなぁ、と思っていると、やってきた学生たちの声が耳に飛び込む。

「それじゃあれ、お祭りの準備だったんだ?」
「っぽいね。商店街じゃなくてさ、住宅街の方――坂道の上にある神社だって」

 聞き耳を立てていたわけではない。偶然聞こえただけだ。しかし、一成は体を固くする。
 お祭り。坂道の神社。続いた言葉から、天鵞絨町内での話だとわかる。指し示すものを理解しているから、一成の心臓はドキドキと鳴り始める。
 思い出す。やり残したことはないかと聞いた。天馬は「祭りに行きたい」と言った。だから二人で約束をした。
 連絡は途絶えたままだ。もしかしたら覚えていないかもしれない。なかったことになっているかもしれない。それでも。一成は真剣な表情で、考えを巡らせ始める。