夏と神様 28話




 太陽は沈み、少しずつ夜へと向かっていた。神社につながる石段には、等間隔で提灯がぶら下がっていて、訪れた人たちを祭りへと誘うようだ。
 上りきった先には、真っ直ぐ伸びる長い参道があり、両脇には屋台が並んでいた。どれもがカラフルで、見ているだけで心が弾む。屋台の裏に広がるうっそうとした木々も、今夜だけは祭りの明かりで薄ぼんやり明るい。
 参道には、浴衣姿の高校生や普段着の小学生、親子連れなどが行き交っている。それなりに人はいるものの、混雑して動けないなんてことはなかった。

「そんじゃ、まず腹ごしらえだねん! テンテン、食べたいものある!?」

 テンション高く一成が言って、きらきらとしたまなざしを浮かべる。
 辺りからはソースのいい匂いが漂っていて、ぐう、とお腹が鳴る。辺りの喧騒に紛れて聞こえなかったはずだけれど、一成は面白そうな笑みを浮かべている。つられるように天馬の気持ちも浮き立って、弾む声で尋ねた。

「一成のおすすめはあるか」
「んー、やっぱここは定番の屋台焼きそばとか! あと、たこ焼きも美味しいよねん」
「なら両方だな。分ければいいだろ」
「りょっす!」

 言い合った二人は目についた屋台で、焼きそばとたこ焼きを買った。空いた場所で、それぞれを半分ずつにする。
「テンテン、火傷には気をつけてねん!」と言われながら放り込んだたこ焼きは、思ったよりも熱かった。天馬が慌てている様子を、一成はげらげら笑って見ていて天馬は顔をしかめたのだけれど。結局何だか楽しくなって、一緒に笑ってしまった。
 二人とも空腹だったことも手伝って、焼きそばもたこ焼きもあっという間になくなった。しかし、大した量ではないのでまだ腹には余裕がある。つまみながら食べられるものがいいよね、と一成が言って、フライドポテトと唐揚げを買った。

「コンビニ系ともちょっと違うよねん。あ、テンテン新商品食べた?」
「まだ食べてない。どうせなら一成と食べようと思ってたんだよな」
「え、めっちゃ嬉しい~! でも、新商品展開速いから見つけた時に食べた方がいいよん!」
「そうなのか?」
「そそ。オレには感想教えてくれたらおけまる!」

 紙コップに入ったポテトや唐揚げを、互いにつまみながら何てことない会話をしている。ささやかな話をできることが、耳を震わせる声が、隣に感じる熱が、心地よくて嬉しかった。

「あ、見て見てテンテン! りんご飴!」

 立ち並ぶ屋台を見ながら歩いていると、一成がぱっと笑みを浮かべて一つの屋台を示す。割りばしに刺さった、いろいろなサイズの真っ赤なリンゴたち。屋台の明かりに照らされて、つややかな光を放っていた。

「めっちゃきれいだよねん。水飴の感じが宝石みたい!」

 嬉しそうに言った一成は、小さなりんご飴を一つ買った。天馬は以前撮影で食べたことはあったものの、あまり得意ではないと言っていた。だからなのだろう。一成は特に天馬へ勧めることなく、受け取ったりんご飴をさっそく頬張っていた。
 人通りは少し増えてきたようだ。喧騒が大きくなり、参道を行き交うにも気を遣う。必然的に隣同士の距離が縮まり、天馬も一成も何だか照れくさい。ただ、嫌なわけではないし、混雑に感謝してしまうくらいだ。

「ヨーヨー釣りだって。懐かしいな~。テンテン、やってみる?」
「そうだな。せっかくだし、やってみるか」

 通りかかった屋台を目にして、一成が問いかける。空腹もある程度は満たされたし、夏祭りらしい遊びもしたいと思っていたところだ。くわえて一成に誘われたなら、断る理由もなかった。一成は嬉しそうにうなずいて、ヨーヨー釣りの屋台にしゃがみこむ。
 お金を払ってこよりを受け取る。天馬はドラマの撮影で、夏祭りの経験自体は多い。縁日を楽しむシーンとして、ヨーヨー釣りに挑戦したことも何度かあった。その時に聞いたコツを思い出しながら、プールに浮かぶヨーヨーへ目を向けた。
 黄色やオレンジ、青やピンク、赤に透明などカラフルな色彩が躍っている。どれを選ぶか、と思った天馬の目は自然とピンクのヨーヨーに吸い寄せられた。

「ピンクのやつ、かわいくね!? めっちゃプリティじゃん!」

 テンション高く言う一成も、ピンクのヨーヨーに狙いを定めているらしい。様々な色があり、模様も種類が豊富だ。単なる水玉からレースを思わせる柄など、ヨーヨーは多岐に渡る。その中で、二人は自然とかわいらしいヨーヨーを釣り上げていった。

「テンテン、意外とヨーヨー釣り上手いねん」
「コツ聞いたことがあったんだよな。あと、休憩時間に練習してた」

 結局、二人で三つのヨーヨーを釣り上げた。天馬が二つ、一成の一つも天馬のアドバイスのおかげだ。どれもピンク色で模様もかわいらしい。
 指に引っかけて揺らしながら、二人は参道を進む。途中で見かけたスーパーボールすくいの屋台は、カラフルなボールだけではなく、バスケットボールや野球ボール、サッカーボールを象ったものが浮かんでいる。
「あんま見たことないかも!」と一成がはしゃいで、二人で挑戦することにした。やっぱりスポーツボールがいいよねん、という一成の言葉に天馬もうなずく。確かに、こういうのはカラフルなボールが定番だから、変わり種がいいと思ったのだ。
 特に何かを示し合わせたわけではない。それなのに、二人とも狙いは野球ボールだった。スタンダードな白地のものから、蛍光色まで様々な野球ボールに狙いを定めて、おわんへすくい取っていく。こちらは一成の方が上手くて、「意外な才能発見!?」なんて喜んでいた。
 戦利品を増やしながら、二人は祭りを楽しんだ。さんかくクジの屋台を見つけた時は、足が自然と止まった。とりあえず一枚ずつ引いてみるものの、申し訳程度の駄菓子が当たっただけだった。「懐かし~」と一成は笑うし、祭りのクジが実際に当たるかなんて疑わしい、と二人とも思っているのだけれど。
 何だかそのまま離れがたくて、二人は何度もさんかくクジを引いた。お菓子セットや大きな鈴、文房具なんかが当たるものの、当然一等賞なんて出なかった。それでも、手元にさんかくクジが集まっていくのが楽しかった。

「何か甘いものとか食べたいよね~」
「さっきまでりんご飴食べてたやつが何言ってるんだ」
「食べ終わっちゃたし!」

 あっけらかんと言う一成を、天馬は面白そうに見つめる。それから、ぐるりと屋台を見渡した。甘いものが食べたい、と一成が言うのだ。何かないだろうか、と思ったのだ。
 近くにあるのは紐くじや焼き鳥、とうもろこしなどの屋台で甘いものはない。さらに、もう少し先へ目を凝らした天馬は言う。

「わたあめならあるぞ」
「マ!? 夏祭りって感じ!」

 前方を示して言えば、一成は嬉しそうに答える。人込みの中屋台へ向かっていくので、天馬も後に続いた。

「カラフルわたあめじゃん! これ絶対インステにあげたいやつ!」

 屋台に辿り着いた一成が弾んだ声でスマートフォンを取り出す。どうやら、オーソドックスな白一色のわたあめではないらしい。遠くからでは「わたあめ」という文字しか見えなかった。
 屋台の周辺には、ピンクや黄色、水色などパステル調のわたあめが袋に詰められて吊り下げられている。その場で食べることもできるし、テイクアウトもできるという。

「せっかくだから、持って帰りたいな~。どのパッケージがいいかな?」
「いろいろあるな……」

 ぶら下がったわたあめは、キャラクターがプリントされたものもあれば、カラフルな様子が見えるよう透明なものもある。それ以外に、銀河の写真だったりお洒落な英字デザインのものもあったりして、種類が豊富だった。

「――これとかいいんじゃないかな」

 一つずつを眺めていた天馬は、シルエットが描かれた袋を示す。具体的な姿ではなくても、王子様とお姫様がダンスを踊るシーンであることは察しがつく。カラフルなわたあめの持つメルヘンチックな雰囲気を、よく表していると思った。

「わ、かわいい~! これにしよ!」

 顔を輝かせた一成は、天馬の提案に勢いよくうなずく。他にもいろいろあるけれど、確かにこれが一番いいな、と思ったのだ。
 袋入り以外に、それぞれ一本ずつわたあめを買った。口に入れればすぐに溶けてしまう感触が面白い。砂糖の味が強くて甘すぎるほどだけれど、その甘ささえ夏祭り特有のように感じられる。

「わたあめって雲みたいだよねん」
「まあ、よく言うよな」
「金平糖を星にして、美味しい宇宙作りたいって思ってたな~」
「……」
「なんで黙るのテンテン」
「いや、かわいいなと思って」

 思わず素直にこぼすと、一成が一瞬黙った。それからすぐに「テンテンにかわいいってほめられちった!」と茶化すように言うけれど、耳は真っ赤に染まっている。その反応に、天馬もつられたように顔を赤くした。
 二人の間に沈黙が流れるものの、気まずさはなかった。ただ、無言でわたあめを食べる。口の中が甘くなって、溶けていく。今この場所を包むもの、互いの心に芽生えるもの。そういう全ても、同じ甘さを宿しているような気がしていた。


 割りばしのわたあめがすっかりなくなった頃、今度は「射的やりたい!」と一成が言い出した。ちょうど射的の屋台の前だったのだ。
 きらきらとした顔で言われて、当然断るつもりはなかった。いい所を見せたい、という気持ちもあったのだ。
 タイミングが良かったのか、屋台に人はいない。天馬はお金を払って、銃とコルクを受け取った。コルクを詰めていざ構えると、一成が「かっこいい~!」とはしゃいで写真を撮り始める。テンション高く「スナイパーみたいじゃん!」と言われて、悪い気はしない。
 肩と頬で銃を固定して、引き金に指を掛ける。狙う的は決まっていた。一成が「あれがいい!」と言ったのは、最上段の端にある大きな花火セットだ。一つ深呼吸してから立ち位置を調整する。的を狙って、引き金を引いた。
 コルクの弾は勢いよく飛び出していく。ただ、やや角度が足りなかった。花火セットではなく、その下の段にある小さな袋に命中して、台から落ちていった。一成は「的小さいのにすごくね!?」とはしゃいでいる。しかし、目的のものではなかったことも確かだ。
 弾は残り二つ。調整すれば当たるはずだ、と思っていると、屋台の店主が命中した袋を渡してくれた。どうやら子供用のブレスレットだったらしい。ビニールには、ラメ入りのプラスチックの輪が二つ。
 使い道もないハズレの品だ、と言うことはできたのだけれど、天馬も一成もそうは思わなかった。ビニールの袋には、オレンジと緑、二種類のブレスレットが入っていたのだから。
 どんな意味もない。ただの偶然だ。わかっていても、二人の胸はドキリと高鳴った。
 オレンジと緑。今ここにいる二人が宿す色と同じもの。この符号に意味をつけるなら。名前をつけるなら。それはきっと、とびきり甘くてあざやかな色をしている。
 何だか胸がいっぱいになって黙り込んでいると、店主に続きを促された。気づけば、他にも射的に挑戦する人がちらほら現れていた。あまり時間を掛けてはほしくないのだろう。
 天馬は深呼吸をして、再度銃を構える。一成は銃を構える天馬がよっぽど気に入ったのか何度も写真を撮っている。
 さっきの角度から計算して、構え方と立ち位置を修正した。深呼吸をして引き金を引くと、飛び出したコルクの弾は、吸い込まれるように花火セットへと命中した。「やった!」と一成がガッツポーズをしている。
 ただ、大きさがあるせいだろうか。花火セットは台から落ちることなく、その場に残っている。景品の獲得は台から落ちることが条件だったので、入手にはならない。
 もう少し勢いが必要だな、と思う天馬の残りの弾は一つだ。果たしてどうやって勢いを出すか、と思っていると隣の一成が明るい声で言った。

「テンテン、オレもやる! 二人でやったら勢いつくっしょ!」

 うきうきした調子の一成は、天馬の考えも何が足りないのかも瞬時に理解していた。なので、店主へお金を渡すついでに、「二人がかりでもオッケー?」と尋ねてきっちり許可を取る。一応NGではないらしいので、一成は「ベリサン~!」と笑っていた。

「あ、でも待って、ちょっと練習させて! 花火当たんないと困る!」

 はっとした顔で一成が言った。二人で同じ的を当てることで勢いをつける算段なのだ。そもそも一成も当てることができなければ、どうすることもできない。もっともだ、と思った天馬はうなずいた。一成はきらきらした顔で尋ねる。

「どういう構え方がいいとかある?」
「そもそも、お前射的やったことあるのか」
「ナッシング~」
「……なら、一番やりやすい姿勢でいい。あと、なるべく銃を近づけろ」

 ここまでなら身を乗り出してもいい、という線は決まっているのだ。そのラインで銃を近づけることで、的との距離を縮めるのがいいだろう、と天馬は言う。一成は「なる~」とうなずいてから、面白そうに言った。

「てか、テンテン祭り慣れてね? ヨーヨー釣りとかも上手かったし!」
「撮影なら何回もやってるからな。話の展開的に、景品を落としてやるシーンもわりとあるから練習した」

 天馬の役柄上、ヒロインに景品を渡すことが多かったのだ。だから射的も練習したことがあったし、コツも聞いていた。それに、ロケの場合は、せっかくだからと休憩時間に挑戦することもあったのだ。結果として、天馬の祭り経験値はそれなりに高い。

「――お前とこうやって楽しむための予行演習みたいなものだろ」

 白い歯をこぼして、天馬は言った。射的やヨーヨー釣りの経験はある。ただ、それはどれも仕事での話で、プライベートで訪れるのは初めてだ。
 別に今日のために全てがあったとは思わない。それでも、撮影で得た知識や経験が、今一成と楽しむための時間につながっているなら。きっと、あの時間は今日という日を最高にするためにあったのかもしれない、なんて浮かれた気持ちで思っているのだ。

「うん! めっちゃ楽しんじゃお!」

 天馬の言葉に、一成はぴかぴか明るい笑顔で答えた。
 天馬の言葉が嬉しい。今日を楽しむために今までの時間があったなんて、本気で思っているわけではないことはわかっていた。それでも、そう思ってくれることが一成の胸を弾ませる。最高の時間を目いっぱいに楽しもう、という気持ちが強くなったのだ。
 うきうきした調子で銃を構えると、天馬のアドバイスを受けながら射的に挑戦する。
 花火セットを狙って撃つけれど、さすがになかなか命中しない。一射目は小さなおもちゃの箱。二射目はキャラクターグッズ。位置や角度を調整しながら、花火セットに近づくものの、結局一度も当たることはなかった。

「テンテン、めんご~」
「いや。初めてのわりにちゃんと当たってる方だと思うぞ」

 目当てのものではないとはいえ、景品自体は落としているのだから充分だろう。修正していく筋も悪くないので、次には命中するのではないか、と天馬は考えていた。

「そろそろオレも撃った方がいいだろうしな」

 射的にはずいぶん人が増えている。天馬は最後の一射をまだ残しているので、銃を持ったままだけれど、さすがに次に回すべきだと思ったのだ。一成もそれはわかっているので、こくりとうなずいた。

「次で決めなきゃね」

 そう言って、二人そろって銃を構える。狙いは一つ。さっきから何度も挑戦している大きな花火セットだ。じっと目標を見つめる。一成が深呼吸をして、一声叫ぶ。

「せーのっ!」

 同時に引き金を引くと、コルクの弾は真っ直ぐ飛んだ。花火セットの左上と真ん中に勢いよくぶつかる。後ろへのけぞるように揺れた。落ちろ、と念じるような気持ちで見つめている。
 しかし、花火セットは結局持ち直して、台から落ちることはなかった。

「だめか~!」

 残念そうに一成は大きく息を吐き出す。ただ、口調は悔しそうではあるものの、晴々とした笑顔が浮かんでいる。景品が取れなくても、射的自体を楽しんだのだろう。天馬も同じ気持ちだった。
 もちろん花火を手に入れることができたら嬉しい。しかし、一成と一緒に同じ的を狙って挑戦できた、ということが楽しかった。胸が弾んでわくわくしたのだ。

「来年また挑戦すればいいだろ」

 射的にはたくさんの人が集まってきて、順番を待っていた。そろそろ次に譲るべきと判断してそう言った。
 今年はこれで終わりだとしても、まだチャンスは何回だってある。一度きりしか挑戦できないわけでもないし、来年もまた射的の屋台はあるだろう。それなら、また二人で花火を狙えばいいと思ったのだ。
 一成は天馬の言葉に、あざやかな笑顔を浮かべる。きらきらとしたまなざしで、頬を薔薇色に光らせて。くすぐったくて、ふわふわと舞い上がるような気持ちになっていた。
 いたって自然に、天馬は来年の話をしてくれた。天馬の未来には、当たり前のように一成がいる。その事実が嬉しくてこぼれだしそうに笑えば、天馬も同じように笑みを浮かべた。
 店主に銃を返して、屋台を離れる。何もかもが満たされた気持ちのまま、獲得した景品を持って、参道を進む。
 しっかり祭りを楽しんでいる証拠のように、荷物は順調に増えていた。指に通したヨーヨー。手にはわたあめの袋とスーパーボールのビニール袋、さんかくクジや射的で獲得した景品たち。ポケットには、さんかくクジ本体やブレスレットが入っている。

「結構な荷物になったな」
「でも、これがお祭りの醍醐味じゃん!?」
「そういうもんか?」
「そういうもんでしょ!」

 しみじみとした天馬の言葉に、一成は明るく答えた。鞄や袋に入れるのではない。景品や食べ物をそのまま持って、屋台の中を歩くことこそ、お祭りを満喫している気分になるのだ、と言う。
 一成が言うと「そうなのかもしれない」と思ってしまうので、天馬は我ながら素直だなと苦笑するしかない。

「何かいい匂いがする――あ、あれ食べたい!」

 ひくり、と鼻を動かした一成がぐるりと周囲を見渡す。すると、ぱっと笑みを咲かせて前方の屋台を示す。指先には「じゃがバター」の文字があり、バターの香りが周囲を漂っていた。
 一成は人込みの間を上手にすり抜けて、屋台の前に辿り着く。即座に大きなじゃがバターを一つ注文する様子に、天馬はしみじみ言った。

「お前、本当よく食べるな」
「屋台の食べ物、テンアゲじゃん? テンテン、半分こしよ」

 にこにこ笑った一成は、割りばしを天馬に渡して、受け取ったじゃがバターを示す。ほくほくのジャガイモには、たっぷりバターが乗っていて金色に輝いていた。
 二人は道の端に寄って、まだ湯気の出ているジャガイモを、熱いと言いながら口に入れる。ほろりと崩れる食感。ジャガイモの甘みに、バターと適度な塩気がちょうどいい。「美味い」「屋台で食べるとよけい美味しいよねん!」なんて言いながら、夢中で食べ進めた。
 途中で「何か飲みたくなるな」とこぼせば、一成は嬉しそうに「テンテン、ラムネあるよ」と少し先にある屋台を示した。長い参道が終わる辺りに、ラムネの旗が揺れている。
 一成は周囲をよく見ているようで、すぐに目的のものを見つけるのだ。それは一成らしい、と天馬は思う。一成は人のことだってよく見ている。小さなことにも気づいて寄り添ってくれるのだ。
 じゃがバターを食べ終えて、ラムネを飲んだ。ラムネ瓶を開けるなんて、天馬は初めてだ。一成は「これもテンテンの初めてだねん」とくすぐったそうに言ってくれて、その表情が天馬の胸を弾ませる。初めてのことにまごついて、格好悪い所を見せても、一成はとっておきのことのように言ってくれるのだ。
 よく冷えたラムネは、水分を欲した体に染み渡る。ごくごくと喉を鳴らして傾ければ、すぐに空っぽになってしまった。名残惜しく思いつつビンを回収ボックスへ入れたあと、天馬と一成は周囲へ目を向けた。
 参道の終わりを示すように、屋台はまばらになっていた。もう少し先に大きな鳥居があり、その奥には明かりに照らされた立派な拝殿が見えた。参拝していくか、なんて話をしていると、不意に笛の音や太鼓の音が響く。
 屋台と鳥居の間には、簡易的な舞台が作られていた。その上では、法被を来た人たちが祭囃子を演奏している。常に鳴らしているわけではなく、時間によって集っているらしい。どうやら、ちょうど祭囃子の時間だったようだ。
 天馬と一成はそっと耳を傾ける。高く鳴る笛。腹の底に響くような太鼓。涼やかな鉦の音。軽やかでありながら抒情的。祭りの高揚感に、どこか切ない響きが混じっている。ずっと昔に聞いたことがあるような、何だか懐かしい音色だった。
 祭囃子を聞いているのは、二人だけではなかった。聞こえる音に誘われたのか、わらわらと人が集まってくる。それなりに混雑し始めていた時間帯だ。祭囃子につられて人が増えて、途端に周囲はごった返し始める。隣同士で立っていた二人の間にも、人波が押し寄せた。
 近くにいたとはいえ、お互いをつかまえていたわけではない。流れて来た人込みに呑まれて、立っていた位置がずれる。天馬も一成も、思いがけない方向へ運ばれて二人の距離が遠ざかる。このままでははぐれてしまう。慌てた天馬が、一成へ手を伸ばそうとした時だ。
 人波に押されて、浴衣姿の少女が天馬に思い切りぶつかった。中学生か高校生くらいだろうか。慣れない下駄をはいていたことも関係あるのかもしれない。天馬の胸に、したたか顔を打ち付けたのだ。
 あまりの勢いに、思わず「大丈夫か」と声を掛けてしまう。少女は「ごめんなさい……」と言いながら顔を上げて、天馬の顔を見て固まった。ただ、天馬はその反応の意味がわからなくて首をかしげたのだけれど。次の瞬間、少女が叫んで理解した。

「皇天馬!?!?」

 絶叫といって差し支えない声だった。
 帽子とサングラスで変装はしていた。しかし、皇天馬は日夜至る所で見かける存在で、顔を覚えられやすい。さらに、天馬のファンのメイン層は高校生前後の女子。つまり、目の前の少女はドンピシャと言っていい。サングラスと帽子程度はごまかしきれなかったのもうなずける。
 少女の言葉に、周囲の人だかりがざわりと揺れた。少女の近くにいた人たちが「え、マジで!?」「本物じゃん!」なんて叫び、伝播するように集まった人たちが「え!?」「どこ!?」「なに、ロケ?」「撮影してるとか?」と騒ぎ始めたのだ。
 祭囃子を聞くために集まっていたはずの人たちの空気が、皇天馬を探すものへと変わっていく。あちこちから「本物!?」「見たい!」「ロケかな!?」「どこどこ!?」といった声がして、人込みが揺れ始める。天馬を一目見ようと動き出そうとする気配を察して、天馬はマズイ、と思う。
 身動きが取れないほどの人込みではない。ただ、ここに皇天馬がいる、とバレてしまったら。もっと人が増えるかもしれない。きっと一直線に天馬を目指して動き始める。自慢でも何でもなく、自分の影響力を理解しているからこその結論だ。
 集まった人たちが一点を目がけて動き出すことの危険性を、天馬は認識している。
 人違いだとごまかすか、それともここから姿を消さなくては。ここに皇天馬がいる、とバレてはいけない。幸いまだ、少女周辺の人たちしか天馬には気づいていない。だからここから抜け出せれば――と思うけれど、この人込みの中どう動けばいいんだ、と思っていると声が響いた。

「も~! また皇天馬に間違われたの!? そっくりさんで投稿する!?」

 はきはきとした、大きな声。よく聞き慣れたそれは、当然一成のものだ。一成は背後から現れると、天馬の腕をぎゅとつかんだ。それから、一際大きな声で言葉を続ける。

「ほんと、めっちゃ似てるよねん! マジで皇天馬そっくり! サングラスと帽子はガチ感が出るから止めろって言ったのに! やっぱり皇天馬に間違われちゃったね!」

 きっぱりとした言葉に、周囲の人間は戸惑ったような空気を流す。あまりにも一成が当然のこといった体で「そっくり」「似てる」と言うので、もしかして本物じゃないのだろうか、と思ったのだ。
 ただ、それも一成の声が聞こえる範囲までだ。遠くではまだ「皇天馬どこ?」「本物見たい!」なんて声が聞こえているので。長居をするのは得策ではない、と判断するには充分だった。

「――テンテン」

 そっと声を潜めた一成が、つかんだ腕に力を入れる。じっと見つめるまなざし。何か考えがあるのだと思った。だからそれなら答えは一つだけ。一成のことなら、とっくに信じているからどんなことだって受け入れる。一成の目を見てうなずくのと同時に、一成が「こっち」と動いた。
 人のごった返す参道ではなく、裏手の木々の中へ飛び込む。夏祭りの明かりに薄ぼんやりと照らされながら、天馬は一成に手を引かれて木々の間を駆け抜けた。